TED talk AIに圧倒されるのではなく、AIから力を得る方法
AIは現在、人ができること全てを呑み込める状態が究極の目標となっています。
それができると、AIは最早人より賢くなり、AI自身によって改善され人類はAIから置いてきぼりになる可能性もでてきます。
そうなったら、人間はどのような役割を担えばよいのでしょうか。
ハイテクの向かう方向性を操縦することが求められていきます。
事前に暴走しないように先手を打たなければなりません。
AGIは私達の目標に合致しないことを成し遂げてしまいかねません。
AIはこの先、様々な選択をする自由を与えてくれるでしょう。
AGIは数十年以内に実現するでしょう、と予測されています。
これを注意深く操縦することで、誰もが裕福になれる素晴らしい未来を実現できるかもしれません。
技術の力を得て、自分たちの知能に縛られない自由を与えられる生活が実現できる未来はすぐそこまできているのです。
*****
AIは身近なところでフィンテックや自動運転の問題しかそこまで捉えていなかったので、AGIという概念、現在ある人間の行っていること全てがAIに呑み込まれていく未来が数十年先に実現しうる状況である、ということを初めて知りました。
想定していたよりもずっと先をいっているAIの世界は、いつか形になったときものすごい力を持ってくるのだと思います。
その前の段階でこの先のAIが目指すものについて、取り込みながら向かう未来について、考えていかなければならないと感じました。
一方で、全てがAIで実現できてしまうなら、人は何をすればよいのだろうとも思いました。
AIの方向性を考えることはできても、それを実際に行う人はほんの一握りでしょう。
クリエイティブな領域すらAIに取って代わられてしまったら、私達の生活で充実感を得られるものは何が残るのか疑問に思いました。
人を超えたもので生み出す利益は、人の生活を果たして本当に裕福にできるのでしょうか。
そこには資本主義社会が継続的に成立するのでしょうか。
あまりに大きな変化になるであろう問題なだけに、考えていかなければいけないテーマもまた膨大なのだと思います。
より良い未来に向かうにはどうしたらいいのか、そんなことを考えていける一般市民でありたいです。
TED talk テクノロジー企業に人文系が必要な理由
米国では現在、STEM教育といった理系教育の推進は凄まじいばかりとなっています。
ですが、科学に対し人文以上に重きをおくべきではないと話者はいいます。
その理由としては、下記が挙げられます。
2.直感的技術の世界において不可欠な差別化できるスキルというのは、人間として一緒に働く力であること
1は学ぶための情報が膨大であり、コードを扱わずともシステムを扱えるためです。
2は最終的な形態をイメージするにあたり、現実的な経験・判断・歴史的文脈が必要となることからいえます。
技術系とビジネス系の間のコミュニケーションギャップを埋めてくれるのです。
実際、技術系企業での求人の65%は非技術系の人材です。
これから必要とされるものは、経験やスキル、内向性や外向性、リーダーとフォロワーといった多様性になるでしょう。
テクノロジーがより平坦で使いやすいものになっていることで、みんな好きなことを何でも学ぶことができるのです。
*****
「うんざりするのは、人文が何かより劣った簡単な道のように言われているのを聞いたときです」
「人文は世界における文脈を、批判的に考える方法を与えてくれます」
「将来の仕事がSTEM分野の人で占められるという思い込みは単に馬鹿げています」
「将来の人材に求められるものが何かあるとしたら多様性です」
*****
これからの仕事について考えていく中で、システム系人材は強いだろうし、事務系人材は最早必要なくなってくるのでは、と思うっている部分もあったので、今後の仕事について考えさせられるお話でした。
人文系でも今後不要となるわけではなく技術系の企業の中でも人文系は数多く必要とされている、そんな話が文系職としての私には心強かったです。
一方で、必要とされる人文系の業務が、デザイナーやディレクター、法務や人事といったところで、今後どこまで他のツール化できそうな事務職が消えていくのか、といった問題はあるのだと思います。
従来の人文系でルーチンワークだった部分、システムに代替できる部分はおそらく無人化が進むだろうとは予測しています。
そうなった時、事務系に求められるものはコミュニケーション能力がメインになってしまう気がしていて、今回のお話の中には内向性や外向性のお話もありましたが、なんだか外向性の強い人の方が人文系として生き残れる社会なのだろうかと感じました。
内向性が強いからこそ考えられるところ、見えてくるコミュニケーションもあるとは思うので、今後の生き方や身の振る舞い方についてもまだまだ考えていかなければならないと思います。
TED talk 自分の声が嫌だと感じるのはなぜか
声は人間の進化と深い関係を持っています。
声を聴くことで、病気や妊娠など自分の中に起こっているかもしれない異変についてもわかるかもしれません。
また、人は話す相手によっても声を変えており、声から認識できる発話態度からその後の人間関係についても予測できます。
声には周りの人が聞く自分の声である「外向けの声」、自分の認識している自分の声である「内向けの声」、心の声である「内声」の3種類があります。
同じ自分の発する「声」であっても、外向けの声は空気を伝わって相手に届くのに対して、内向けの声は骨伝導を通して認識しているため、自分の声は外向けの声よりも低く調和がとれているように認識します。
内声は文の黙読や頭の中で流れる歌など、思考と動作との間に存在する繋がりで、「声」として表出しないものをいいます。
自分の声が嫌だと感じるのは、自分の認識している自分の声との違いから生じるものなのです。
*****
「自分に向けて声を発することは滅多になく、他人に"与える"という形で使います」
「人と触れ合う方法が声なのです」
「声とは世界と交流する方法なのです」
*****
声を分析することでその後の他者との関係性まで予測できてしまうのは、興味のある一方で恐ろしいことだとも感じました。
私も録音された自分の声が嫌だと思うことが多く、もっと低い声を出している筈なのになぜ録音されるとこんなに高く聞こえるのか、声真似をされた時に録音と近い声を発されるのだから恐らく人が聞いている私の声はそちらに近いのだろうとは思っていましたが、その仕組みがなんとなくから明確に変わるお話でした。
今後アレクサなど家庭用音声認識機器も一般的になってくると思いますが、その中で病気の兆候に気づいてお知らせしてくれる、などの機能は実装されてもおかしくないかもしれません。
しかし、人間関係の予測はどうなのだろうと思ってしまう部分もあります。
面白おかしく実装するわけにもいきませんし、持ち直せるかもしれない関係性を破壊してしまう恐れもあると思います。
科学的証明が進んでいるからこそ、考えていかなければいけない問題はより複雑になっているのでしょう。
TED talk 喜びはどこに隠れ、どう見付けるか
話者はデザイ学校の学生だった時、現実の問題を解決したくてデザイナーになろうとしていたのに、初年度の年末審査で教授に「君の作品には喜びが感じられる」と言われ、それがきっかけで「喜び」についての旅が始まりました。
「物」の世界と「喜び」感情の間には繋がりがあるだけではなく、幸せで健康な生活の強い源になります。
「喜び」はポジティブさや幸せと混同されがちですが、心理学者は"強い一時的でポジティブな感情的経験"を意味している、としています。
科学者が喜びを計る方法のひとつに「飛び上がりたくなる感覚」があります。
喜びは"その時瞬間的に気持ち良くなる"ということです。
喜びについて調査していく中で、人を喜ばせるものには特徴があるということに話者は気が付きました。
・丸いもの
・飛び出す鮮やかな色
・対称的な形
・たくさんある豊かな感覚
・軽さや上昇の感覚
こういったことをまとめると、形あるものの性質から喜びに近づけることができると考えます。
私達の身の回りは無機質なデザインで溢れていますが、これを湾曲したものやカラフルなものに変えることで「喜び」を創出できるとされる研究結果も出ています。
生物学的本能に根差した喜びを取り入れることで、生への衝動へと繋げることができるのです。
*****
「喜びは私達を笑顔にし、笑わせ、飛び上がりたくさせるものです」
「私達の文化は幸せを追い求めることには熱心ですが、その過程で喜びは見落とされています」
「色彩というのはすごく根源的な仕方で、命やエネルギーを表すものなんです」
「それぞれの喜びの瞬間は小さくとも、時とともにそれは積み重なって部分の和よりも大きなものになります」
「私達が幸せを追い求める代わりにすべきなのは、喜びの価値を認めもっと頻繁に喜びに出会えるようにするための方法を見つけることかもしれません」
「喜びは深い生存本能に直接根差したものです」
「喜びへの衝動は生への衝動なのです」
*****
「物」と「喜び」と言われるとなかなか結び付かないような気もしてしまいますが、まるさやカラフルなものの集合といった例を挙げられると、なんとなくわくわくする感覚が浮かんできました。
日常に喜びを増やすためには、喜びの元となるものを生活の範囲内に散りばめておくことが有効かとは思いますが、身の回りにあるものは無機質なものが大多数を占めていて、なかなか変化を起こすことは難しいと思います。
それでも、喜びの元となるものが世の中に増えたら、生きることはもっと楽しくなる、そう感じるお話でした。
変えられるところでいえば、持ち物に喜びの元を取り入れたり、自分のデスクに喜びのもとを置いたり、といった部分では可能でしょう。
大きな意味合いで喜びを散りばめることはすぐには難しいですが、自分の周りだけでも少しずつ喜びの元を増やしていけたら、生への衝動も増してきそうです。
TED talk 運を良くするための少しのリスク
講話者は起業について教えている教授で、幸運について研究し運が良くなるよう人々の助けをしてきました。
「運」とは偶然起きたように見える成功や失敗です。
ですが、これはそう「みえる」だけで、実際は現実の積み重ねに近いものだと話者は捉えています。
運を掴むための方法は3点あり、それは下記の通りです。
1.自分自身との関係を見直すこと
2.他の人との関係を見直すこと
3.アイディアとの関係を見直すこと
1は、コンフォートゾーンから出て小さなリスクをとることを指します。
何かを学ぼうとしたら、これは避けて通ることができません。
これを実現するためには、自分がとってもいいと思うリスクを書き出し(知的、肉体的、金銭的、感情的、社会的、倫理的、政治的...)、リスクをとって行動に移していきます。
2は、自分のために時間を使ってくれている相手に感謝しその感謝の気持ちを伝えることを指します。
自分の人生で感謝の気持ちを本当に育むための方法は、例えば毎日1日の終わりにその日会った人々を振り返り全ての人に感謝のメッセージを送ることなどです。
3は、ひどいアイディアが素晴らしいアイディアのベースとなることがある、ということを指します。
突拍子がなかろうとアイディアに新しい可能性を見出そうとすることです。
これらを実践していくことで、運を掴むチャンスはぐっとあがることでしょう。
*****
「問題は歳を取るにつれて自分がどういう人間か固定化してしまい、それを広げようとはもうしない」
「もちろん私は幸運でしたが、その運がつかめたのも私がとった小さな一連のリスクのおかげで、それは挨拶することから始まったんです」
「人生の旅路の中で助けてくれる人はみんな、自分の目標達成に大きな役割を果たしていることを理解しましょう」
「もし誰かが何かをしてくれたなら、その人が自分や他の人のために費やすこともできた時間をもらったことになるんです」
*****
最近、リスクヘッジを徹底的にして生きていきたいと思う傾向がとても強い状態だったのですが、リスクヘッジをした上でもこの「小さなリスク」ならとれるかな、と思えるお話でした。
1,2に共通していえることは、人との繋がりを大切にし、途切れさせないことだと受け取りました。
私がとってもいいと思え今実行できそうなリスクは、知的、感情的、社会的なリスクです。
知的:新しいことを勉強する
感情的:人に思っていることを伝える
社会的:距離感の少しある人と話す
これでもきっと、実現することは難しいのですが、リスクをとることで運をつかむチャンスが増えるならば、挑戦する価値はあるのだと思います。
単発的な繋がりは意味をなさなくても、それを断続的であれ継続していけばなんらかのチャンスになる可能性がある、チャンスになるものは少ないかもしれないがその機会は増やすことができる、ということから、人と話すことが苦手な私にはハードルが高く感じてしまうことも多いですが、受け止めた上で小さなリスクを本当に小さなものにして実践していきたいです。
TED talk 人の感情を読むテクノロジー
テクノロジーが自分自身が自覚するよりも自分のことを知るようになったらどうなるか、このtalkでは、そんなことをテーマとして取り上げています。
現在の技術では既に笑顔が偽物か本物かを見分けることができ、最早自身の感情を隠すことは不可能にしてしまう技術も確立しつつあります。
多くの人は、自分の内面のことを知られたくない部分もあるでしょう。
表現したい自己と隠しておきたい自己を持っていて、隠しておきたい部分に関してはポーカーフェイスを貫きたいと思います。
それでも、講話者はメリットの方が多いと考えており、テクノロジーと感情を組み合わせてより人のことを感じ取れ繋がり合えるようにすることで、人をより良くする技術をつくろうとしているそうです。
既にわかっている中でも、私たちの目は脳の働き具合に反応し瞳孔の大きさを変化させ、生理的な体温変化はストレス状態やどの程度頭を働かせているか・相手への関心度合までを明らかにし、呼気の変化で不安や恐怖・喜びを計測することができます。
技術の力で感情を明らかにすることは、お互いのことをより知ることに繋がり、共感能力者の時代がやってくると話者は述べています。
これは、苦しんでいる人がそれを表出できていなくても救いの手を差し伸べることができ、芸術家が自分の作品への直接的な反応を把握することができ、といったことで意義のあることです。
テクノロジーには良い使い方も悪い使い方もできてしまう部分はありますが、透明性や効果的な規制を導入することで、信頼性のあるものとすることができ、そういった不安にさせる問題であっても取り組むだけの価値があることだとしています。
*****
今回の講話で印象に残った言葉はこちらです。
「私達は自分の感情の科学的痕跡を放出し続けています」
「身の回りの空間やテクノロジーが私達の感情を把握するようになるでしょう」
「私達はずっとお互いのことがよくわかるようになり、相手の人間として基本的な経験や気持ちに触れ、感情的に社会的に繋がれるようになるかもしれません」
「より深く他者と繋がり、より良い未来を作り出せるでしょう」
「私が築きたい世界は、人々がもっとお互いを気にかけ、私達が注意を向けるべき感情を誰かが抱いているときにそれとわかるような世界です」
*****
テクノロジー×感情・情動といった分野は最近、色々な人が扱っていることだとわかってはいたのですが、ここまで可視化できる状態になっているとは知らず、驚きと共に恐怖心を少し抱く講話でした。
未来をよくしようとするための技術は、時として凶器になりうると感じてしまう部分があります。
自動運転もそうですが、良くするために使う技術も、悪さをしようとする人が出てきてしまうと、それは一気に崩壊を招くのではないか、世界を壊せてしまうほどの影響力を持ってしまうのではないか、そんな不安が胸をよぎります。
厳重な規制をつくってルールを徹底させることで、それはどこまで防げるのかわからないですが、それでも技術自体はやはり、素晴らしいものなのだと思います。
例として挙げられている、助けが必要な状態でも助けを求められていない人を救える、というのは、それだけでも社会的に非常に意味のあることですし、上手く言語化できない部分を共有できるということは私自身あったらこの苦しさも少しはましになるかもしれない、と感じる部分があります。
誰かと共有するという意味では、例えばカウンセリングルームの外で、家庭内や友人関係でそれをしてしまうと、隠しているから上手く回っているものが壊れてしまうように思えてしまい、共感できることばかりではないからこそ適用してはいけない場面も多々あるように思いました。
使用場面を厳密に限定的に定めた上で、こういった技術をやさしい社会づくりに役立てられるといいなと思います。
TED talk ただ耳を傾ける―大抵はそれが一番の手助け
講話者は子供のころ、父親やその友人による性的虐待の被害者で、英国の24時間体制匿名ヘルプラインである「サマリタンズ」へ電話相談し、"話を聞いてくれる存在がいる"というだけで安心することができたそうです。
大人になった講話者は、サマリタンズへ今度はボランティアとして活動するため再度連絡し、活動を続けていく中で団体の統括責任者まで勤めました。
昔話題にされることが憚られる問題であった児童虐待も少し話題にできる環境になり、今は孤独感を話題にすることが憚られる状態であると感じた講話者は、今度は高齢者向けのライフラインとして「ザシルバーライン」を立ち上げました。
*****
今回の講話で印象に残った言葉は、下に記したものでした。
「思いやりをもって耳を傾けるというだけで大きな効果を及ぼしうる」
「すべての事柄において専門化が進む世の中にあって、話を聞くという簡単な行為こそが人生を大きく左右しうる」
「人間同士の交わりから生まれる力を決して軽くみないでください」
*****
誰か「聞いてくれる」存在がいること、それが人を大きく救うことになる、そんな話を再認識させられる動画でした。
と同時に、話者の乗り越える力、社会のために動く力に大きなエネルギーを感じ、生き方としてとても尊敬できると感じました。
言葉を誰かに向けて話すこと、受け止めてくれる相手がいること、は人にとって安心感を得られる重大な要素なのだと思います。
そんな存在を常に皆が持っていられる、持っていなくても持てる状態をつくる、それは優しい社会の在り方で、今必要な事柄なのだと感じます。
私も何か、そういう優しい社会作りに携われたらと思うこの頃です。